忍たちと最終的な打ち合わせを行い、警察庁を出た頃には外は既に暗かった。
律が送るというのを断って、護の運転で岩槻の自宅まで車で帰ってきた。久々に戻った事務所は、大して長くも住んでいないのに、懐かしささえ覚えた。「やっと帰ってきたって感じですね」
護の腕が伸びてきて、直桜を抱き寄せた。
「二週間も直桜に触れられないのは、拷問でした」
「ん……、俺も」言いかけた言葉を飲み込む。
代わりに護の匂いを思いっきり吸い込んだ。 唇を指がなぞって、舌が誘うように舐め挙げる。無意識に口付けを受け入れて、口内が犯される。「んっ……、ふ……」
久しぶりの刺激が甘くて、声が否応なしに洩れる。
(やばい、このままだと、流される)
名残惜しい唇を押しのけて、体を離した。
「とりあえず、シャワー、浴びよ。俺、汗だくだから」
「そうですね。今日は久しぶりに二人でゆっくり過ごしたいですし」残念そうにしながらも、護が納得してくれた。
申し訳ない気持ちを抱きながらも、直桜は護を風呂に押し込んだ。〇●〇●〇「訓練、お疲れさまでした」互いにシャワーを浴びてすっきりしたところで、乾杯する。
とはいえ、酒が入ると記憶が飛んでしまう直桜はノンアルコールで我慢する。「護、なんで眼鏡しているの? 視力、回復したんだよね?」
護は今現在も鬼の常態化を維持している。完全なる鬼化とは異なり、鬼の力を右手だけに集中する方法なのだという。その副産物として視力が戻り、体躯が少しだけ大きくなっている。
「伊達眼鏡ですよ。その、眼鏡をかけていたほうが、直桜は見慣れているでしょうから」
「眼鏡かけてる方が、俺の好みだからってこと?」 護の顔が赤らんでいるのは、酒のせいではなさそうだ。 直桜は息を吸い、静かに吐き出した。 立ち上がって忍たちと最終的な打ち合わせを行い、警察庁を出た頃には外は既に暗かった。 律が送るというのを断って、護の運転で岩槻の自宅まで車で帰ってきた。久々に戻った事務所は、大して長くも住んでいないのに、懐かしささえ覚えた。「やっと帰ってきたって感じですね」 護の腕が伸びてきて、直桜を抱き寄せた。「二週間も直桜に触れられないのは、拷問でした」「ん……、俺も」 言いかけた言葉を飲み込む。 代わりに護の匂いを思いっきり吸い込んだ。 唇を指がなぞって、舌が誘うように舐め挙げる。無意識に口付けを受け入れて、口内が犯される。「んっ……、ふ……」 久しぶりの刺激が甘くて、声が否応なしに洩れる。(やばい、このままだと、流される) 名残惜しい唇を押しのけて、体を離した。「とりあえず、シャワー、浴びよ。俺、汗だくだから」「そうですね。今日は久しぶりに二人でゆっくり過ごしたいですし」 残念そうにしながらも、護が納得してくれた。 申し訳ない気持ちを抱きながらも、直桜は護を風呂に押し込んだ。〇●〇●〇「訓練、お疲れさまでした」 互いにシャワーを浴びてすっきりしたところで、乾杯する。 とはいえ、酒が入ると記憶が飛んでしまう直桜はノンアルコールで我慢する。「護、なんで眼鏡しているの? 視力、回復したんだよね?」 護は今現在も鬼の常態化を維持している。完全なる鬼化とは異なり、鬼の力を右手だけに集中する方法なのだという。その副産物として視力が戻り、体躯が少しだけ大きくなっている。「伊達眼鏡ですよ。その、眼鏡をかけていたほうが、直桜は見慣れているでしょうから」「眼鏡かけてる方が、俺の好みだからってこと?」 護の顔が赤らんでいるのは、酒のせいではなさそうだ。 直桜は息を吸い、静かに吐き出した。 立ち上がって
剣人の手を握ってみて、呪具である刀そのものに憑りつかれているのだとすぐに分かった。(でも、不思議だ。白雪も健人も、刀に守られている? いや、まるで刀が相棒みたいに、二人に悪さしてない。これってやっぱり) 忍に視線を送る。 白雪の時と同じように頷いて、微笑まれた。(忍は13課の仲間を、すごく大事にしてるんだな。自分で自分を守れる強さを教えているんだ) 怪異に関わる以上、他者に守ってもらうだけでは限界がある。結局のところ、自分を一番に守れるのは自分だ。 そのためには自分が強くならねばならない。忍が直桜に施した訓練もそういう類のものだった。 改めて忍の優しさを垣間見た気分だった。「そろそろ飯にせんかのぅ。腹が減った。化野も、いい加減に回復したじゃろ」 梛木がサラダを食みながら声を掛けた。「もう食べてるだろ。神様ってご飯食べなくても平気なはずだけど」 呆れながら、席に着く。「惟神の神と違うて、質量のある顕現は疲労がたまる。神でも腹は減る」 梛木が卵焼きを頬張って至福の顔をした。 食事を始めながら、直桜は先ほど剣人が呟いた名前が気になっていた。「ねぇ、さっき剣人が話していた紗月って、どんな人? 13課の人?」 陽人からもあまり聞いたことがない名前だ。 不意に視線を感じて、剣人を振り返る。感動した顔で、直桜を見詰めいている。「あ、ごめん。呼び捨て、早かった? 白雪が白雪だから、つい」 言い訳すると、剣人がぶんぶんと首を振った。「いいです、そのま
一通り食事の支度が済んだ頃、十二階から護たちが降りてきた。「何じゃ、過ごしやすそうな部屋じゃのぅ。こんな場所で訓練しておったのか?」 梛木が部屋の中を見回しながら呆れ顔をしている。 直桜はむしろ、その後ろを疲れた顔で付いて来た護の姿の方が気になった。ジャージ姿で髪を降ろしたまま眼鏡も掛けずに項垂れている。 その肩には枉津日神が乗っていた。よく見ると、護の後ろに直日神がいる。神力で支えてやっているようだった。「体を大きく使う激しい訓練ではないからな。そういう時は空間を変えていたが、基本はこの部屋だ」 梛木と話し始めた忍を通り越して、護に駆け寄る。「護、大丈夫? 梛木に酷い目に遭った?」「失礼な言い草じゃな。必要な訓練を施したにすぎぬ。軟弱な鬼よのぅ」 梛木の言葉には耳を貸さずに護の腕を取る。何となく、いつもより目線の位置が高く感じる。「大丈夫ですよ。ちょっと疲れただけです。神倉さんは、神様というか、私より鬼ですね」 護が疲弊した顔で笑って見せる。「眼鏡なくて見えるの? てか身長、高くなってない?」 一見しては普段の護だが、心なしか体付きも大きくなっている気がする。 梛木が得意げに腕を組んだ。「鬼の常態化じゃ。完全なる鬼化とは別に、平素から鬼の力を自在に使う訓練を施した。化野は元の体付きが華奢だからの。これくらいでちょうど良かろう」「鬼化すると視力が良くなるので眼鏡も必要ありませんし、便利なことも多いですよ」 ははは、と笑う護の顔に覇気がない。 相当に大変な訓練だったと想像できた。「大丈夫だ、直桜。吾の神力
二週間と伝えられていた訓練期間はあっという間に過ぎて、気が付けば九月になっていた。 警察庁の地下十三階に籠りっきりでいると、時間も日付の感覚も鈍ってくる。 キッチンに立って食事の支度をしている忍の姿と体感的に、今は恐らく朝なんだろう。テーブルに頬杖をついて、朝食を作ってくれる忍の背中を、直桜はぼんやりと眺めていた。「調子はどうだ? 仕上がりは悪くないと思うが。体の変化に脳は順応しているか?」 コーヒーを差し出されて、受け取りながら頷く。「多分、大丈夫。思ったより馴染んでる。直日の神気も前より扱いやすくなったよ」「直桜と直日神の魂は、ほとんど融合している。直日神の神気は直桜の霊力そのものだ。今なら直日神が本気で神力を使っても直桜の体が壊れることはないだろう」 直桜の頭に手を置いて、忍が微かに笑んだ。 その顔を呆けて見上げる。(もっと早くに俺が本気でこの訓練をしていたら、もっと何かが違っていたのかな) 少なくとも十年前の呪詛事件に槐が関わることはなかったのかもしれない。未玖だって、呪詛にならずに済んだのかもしれない。 忍の手が直桜の頭を鷲掴みにした。「今だからこそ、成し得た。今の直桜でなければ、本気で俺の訓練を受ける気にはならなかっただろう。タイミングは大事だ。もしもの話を考えすぎるな」 手を離してキッチンに戻っていく忍の後姿を気まずい顔で見送る。(また考えを読まれた。あんなの、心を読んでるのと同じだ) 長く生きていると表情を見ただけで何を考えているかわかるものなのだろうか。自分がそれだけわかり易いのかと思うと、複雑な気持ちになる。「今の直桜だから出来ることも多い。十年前の、体が出来上がる前の幼い直桜では禍津
直桜と別れて12階に残った護は、不安を抱えていた。 小脇に抱えた犬のぬいぐるみの中に在る枉津日神と直日神に挟まれて、神倉梛木が目の前に立っている。(神様の密度が高すぎる。皆、高位の神すぎる) 全く落ち着かない。 オフィスのフロアのような空間の真ん中にある長椅子を梛木が指さす。その指をすぃと下に向けた。 座れという指示だろうと思い、素直に腰掛ける。隣に並んで直日神がちょこんと座った。護の手から離れた枉津日神も、反対側の隣に腰掛けたので、またもや挟まれた。「久しいのぅ、直日。この間は姿を見せもせんかったが。直桜と離れれば、顕現せざるを得ぬか」 ニタリと笑んで、梛木が直日神を見下す。「この間は必要ないと思うたのだ。だが、何やら不穏な気配を感じ取ったのでな。何より今日は、護にこの姿を覚えさせたかった」 直日神が隣に座る護に目配せする。 どう返事してよいかわからずに、軽く会釈をした。(髪が長くて声も優しいし中性的だが、顔立ちはどこか直桜に似ている。直桜をもっと大人にしたような) 直桜の姿で話したことが一度だけあるが、顕現した姿を見るのは初めてだ。「どうした? 吾の姿に見惚れたか?」 言い当てられて、顔が熱くなる。 咄嗟に目を逸らしたら、犬の枉津日神と目が合った。 可愛らしいぬいぐるみ姿が、今は癒しだなと思う。「なんだ、化野は直日と既に話しておったか」「以前に直桜の姿で一度だけです。姿を拝見するのは初めてですよ」「珍しいのぅ。滅多に人と話さぬ直日が、自分から話しかけたのか?」 枉津日神が護の足に手を掛けて前にのめる。
何もなかった空間は、何時の間にかマンションの一室に変わっていた。それが同じフロアであることは、体感でわかった。「ねぇ、この空間がころころ変わるのって、梛木の空間術?」「いいや、俺が用途に合わせて変えている。梛木の術は空間を維持するだけだ。そうでないと、大変だろう」 ソファに座る直桜に、忍がコーヒーを手渡す。 何となく普通に受け取ってしまった。 コの字型のソファに、忍が普通に腰掛けて、直桜をじっと見詰めた。「……何?」 コーヒーを啜りながら、忍をじっとりとねめつける。 蛇のような真っ赤な目に見詰められると、身動きが取れないような気分になって、どうにも居心地が悪い。「中の上」「は?」 突然訳の分からないことを言われて、反射で感じの悪い声を出してしまった。「お前単身の今の霊力は、中の上だ。そこそこ使えなくもないが現場に出たら早い段階で死ぬだろうな、といったレベルだ」 大変失礼なことを言われている。 しかし、自覚している所なので何も言い返せない。 直桜は押し黙ったまま、またコーヒーを含んだ。「自身が持つ力の使い方、特に雷の使い方は良かった。水も使い方を考えればもっと良くなる。そのあたり、器用なようだから自身で考え得るだろう。得手不得手も心得ているようだが、機転が足りない。そこは経験不足だろうな」「つまり応用力と絶対的な霊力が足りないって言いたいワケ?」 忍が表情も変えずに頷いた。「ああ、そうだ。だが、応用力の方は今は必要ない。今上げるべくは絶対的な霊力だ。直日神に頼ることなく、どこまで自身を高められるか。それが今後のお前の命の長さに直結す